夢の舞台での活躍を誓う若きスピードスター
車いすラグビー選手 小川仁士
新しいチャレンジの始まり
ウィルチェアーラグビーの強豪チームBLITZ(ブリッツ)で活躍している小川仁士選手。日本代表候補の一人として強化選手にも指定されている。2018年4月にバイエルに入社。新たな環境の下で、2020年の東京パラリンピックでの活躍を目指して練習に励む。
日本期待の若手の一人として
――昨年12月の第19回日本選手権でBLITZは準優勝。一昨年は小川選手自身もベストプレイヤー賞を受賞するなど、充実した競技生活を続けていると思います。今年の目標は何ですか?
小川:今年加入した新しいメンバーを育てながら日本選手権で3位以内に入りたいですね。
――あれ? 優勝ではないのですか?
小川:もちろん優勝はしたいですよ。BLITZは日本選手権で常に上位にいるし、日本代表にも選手を送り出しています。ベテランで構成すれば十分優勝が狙える。でも、そうしたら若手が育ちませんよね。ぼく自身チームに入って5年目で、まだ若手ですが、早くからいろいろなチャンスをもらってきました。新人を育てながらチーム力を上げていくのがBLITZらしさなんです。
――なるほど。では、小川選手個人としての目標は?
小川:日本代表に入ることです。昨年に続き今年も日本代表候補として強化指定選手に選ばれました。もっとトレーニングを積み、ナショナルチームの合宿や海外遠征試合で力をつけてステップアップしたいですね。
新しい練習環境を求めてバイエルに
――小川選手は2018年4月にバイエルに入社しました。バイエルとはどのようにして出会いましたか?
小川:ぼくが事故で障がいを負ったのが2012年の11月で、ウィルチェアーラグビーを知ったのが翌年、リハビリをしているときでした。もともと球技が好きだったのでやってみたいと思いました。間もなく、BLITZの選手として今も活躍されている島川慎一さんに誘われて、2014年にBLITZに入りました。
――アマチュアとしてチームに加わったわけですね。
小川:最初はそうです。その後ある企業に就職し、週2日は会社で勤務、それ以外の日に練習するということを続けていたんです。でも、できることなら出勤日の2日間も練習に使いたいと思った。ぼくは結構のめり込んでいくタイプなんです。そういう環境を与えてくれる企業はないだろうかと探して、出会ったのがバイエルです。
――希望の練習環境が得られる、ということですね。
小川:そうです。バイエルは、ぼくが必要とするだけの練習時間をくれる。ありがたかったですね。
――バイエルにはどんな印象を持たれていました?
小川:すみません! 実は入社するまではよく知らなかったんです (笑)。これからはもっと会社のことを知り、先輩や同僚の社員の皆さんと会う機会も持ちたいですね。小川仁士がどんな顔をしたどんな人間なのかも知っていただければと思っています。そのうえで応援していただけたら、とてもうれしい。
重い障がいがあってもできるスポーツ
――ウィルチェアーラグビーについて教えてください。
小川:車椅子スポーツというと、トラック競技やマラソン、バスケットボール、テニスが知られていますが、ウィルチェアーラグビーも同じ車椅子のスポーツです。ぼくのように四肢に麻痺がある比較的障がいの重い人でもできる、という点が大きな特徴なんです。
――1チームは何人ですか?
小川:4人です。選手は障がいの程度によってクラス分けされ、持ち点が付与されます。最も重い人が0.5、軽い人は3.5です。ぼくは1.0だから比較的重いほうですね。コート上の4人の合計点数は8点以内と決められているので、運動能力が高い3.0とか3.5の人ばかりでチームをつくろうと思ってもできません。
――なるほど。チーム力のバランスが取れるようになっているんですね。
小川:仮に3.0の人を2人使ったら、残りの持ち点は2.0だから、ぼくのような1.0の選手を2人起用してチームをつくることになります。
――0.5とか1.0の人が、どんな活躍ができるかがチーム力を左右しそうですね。
小川:そのとおりです。3.0や3.5といったハイポインターがポイントゲッターになるのは、ある意味当然ですよね。そこにローポインターがどう絡むか。ローポインターは上腕がほとんど使えなかったり、体幹が弱かったりして、遠くへ正確で速いパスを投げることはほとんどできません。そこを練習でどこまで強化できるかが勝負なんです。
――小川選手への期待も大きくなりますね。
小川:そうなんです。また、ウィルチェアーラグビーは、ボールを持っていない人に対しても、車椅子をぶつけてアタックすることができます。アタックして得点を防ぎ、味方の得点をアシストすることがローポインターの大きな役割です。いかに相手の攻撃パターンを読んで、いつどこで誰にアタックするか、この“読み”と素早い動きが必要です。
――ますます小川選手の役割が大きい!
小川:守備の中心を担うローポインターは、地味ですが、チームの総合力を上げるためには重要なポジションなんです。それだけやりがいもあります。
2020年東京パラリンピックで金メダルを
――目標は2020年東京パラリンピックですね。
小川:はい。ぼくは前回のリオ大会には出ていませんが、日本はオーストラリア、アメリカに次いで3位でした。東京パラリンピックではぜひ金メダルを取りたい。その一人として活躍したいです。ぼくはもともと体が大きいので、パワーとスピードには自信があります。パスのスピードや精度も、もっと高めたい。そのために、バイエルの社員となった今の環境を生かして、トレーニングに励みたいと思っています。皆さん、よろしくお願いします!
パワーとスピードを磨き、世界の頂点に
事故に遭い頸椎損傷による四肢麻痺という重い障がいを負った小川仁士選手。しかし、決して落ち込むことはなかったという。多くの仲間のサポートを力に、ウィルチェアーラグビーの有望な若手ディフェンダーとして活躍を続ける。
モトクロスのレースで事故に
――障がいを負われたのは、どんな状況だったんですか? 差し支えなければ教えてください。
小川:2012年の11月に18歳で出場したモトクロスのレースです。優勝争いをしていました。でも、スピードの出し過ぎでコントロールできなくなりバイクから投げ出されました。体が何メートルも飛んで地面に激突して、頸椎を傷めました。担架で運ばれるとき、担架から手が垂れ下がってしまっているのに、自分で戻すことができないんです。ああ、やっちゃったなと。
――精神的にも大きなショックを感じられたでしょう?
小川:そうですね。でも、落ち込むということはなかったですよ。よく突然の事故で重い障がいを負われた方が「死にたいと思った」という話をされますよね。でも、ぼくにはそれはなかった。
――強い精神力を持っているんですね。
小川:そんなことはないけれど、とにかく、周りの人に支えられました。両親、大勢のモトクロスの仲間、友達が代わる代わる病院に来てくれて、落ち込んでいる暇がない(笑)。当時付き合っていた彼女も、学校帰りに毎日寄ってくれました。実はその後、彼女と結婚したんですが、後で「あの事故がなかったらあなたとは別れていた」と言われました。確かにぼくは突っ張っていたし喧嘩ばかりしてましたからね。きっとやな奴だった(笑)。人の助けが必要になって少し丸くなったかもしれません(笑)。その後、同じような障がいを負いながら頑張っているたくさんの人と知り合い、それも大きな励ましになりました。ほんとにみんなのおかげです。
海外遠征で体感した体格の違い
――そういう中でウィルチェアーラグビーに出会ったのですね。
小川:事故後しばらくしてこの競技に出会い、2014年春にウィルチェアーラグビーのチームBLITZ (ブリッツ)に入りました。重い障がいがあってもチームの一人として活躍できるし、パラリンピック種目でもある。世界のトップを目指したいと思いました。
――これまでの選手生活で記憶に残っている試合やプレーはありますか?
小川:思い出深いのはBLITZのメンバーとして初めて臨んだ2014年の日本選手権です。メンバーが足りないから、ぼくはほとんど出ずっぱりで、とにかく疲れた。どんな試合だったか記憶がないくらい疲れました(笑)。
――疲れたという記憶だけがある?
小川:そうです。変ですよね。ほかに忘れられない試合といえば、2017年の初めての海外遠征です。とにかく体格が違い過ぎ。彼らの上腕はぼくたちの太ももくらいある。体重もあるからブロックでぶつかったとき弾き飛ばされそうになります。圧倒されました。でも、一方で自分のスピードは十分通用する、ということも分かってそれはうれしかったし、自信になりました。
「読み合い」のスポーツとしての魅力
――観戦したり応援に行きたいと思います。楽しみ方を教えてください。
小川:ぜひ来てください! ウィルチェアーラグビーは、車椅子同士が激しくぶつかる迫力も特徴ですが、チームワークや戦術が大切なんです。コート上の選手は、常に“次”や“次の次”を予測し、先回りして自分のチームに有利な状況を作るために攻撃したり防御したりしています。だから試合も「読み合い」なんですね。Aチームがどんな得点パターンを持っているのか、それを阻止するために、Bチームのディフェンスが、どう動いているのかといった、両チームの選手の意図を感じながら観ていただくと、きっと面白いですよ。
――単純にボールを追うのではなくて、どうして小川選手はあっちに走っていったんだろうとか、小川選手の“頭の中”を追いかけるといいわけですね。
小川:そうです。選手はみんな状況に応じて判断し、連動しながらプレーします。全体を俯瞰して見ていただけるといいんじゃないかな。
夢は3大会連続出場
――小川選手は今、どんなトレーニングをしているのですか。
小川:いろいろやっています。チームとしての練習が週に1回、そのほかは個人練習です。朝は体育館での走り込みが中心。午後は横に寝かせたタイヤを押したり、坂道を上がったりして筋力をつけ、スピードとパワーを強化しています。
――本当にいろいろなことをしているんですね。
小川:まだあります(笑)。週に2回はウエートトレーニングをしますし、素早い反転など車椅子操作のスキルを養うために、小さな8字を描く練習などもやっているんです。
――ハードですね。車椅子は競技用の特別製ですね?
小川:転倒防止用の小さな補助輪がついていて、また回転しやすいように、正面から見るとタイヤがハの字になっています。この角度をあまり大きくすると、車椅子の幅が広くなって狭いところに入りにくくなりますし、直進スピードが落ちるので、選手それぞれ、自分に最適な角度を決めています。それからオフェンスとディフェンスでも形が違うんです。オフェンス型は、細かいターンができるようにコンパクトに作られていて、ディフェンス型は、相手の動きを止めるためにバンパーが突き出していて、がっちりしています。格好いいでしょ?
――迫力ありますね。ぶつかったときの衝撃音もすごい。これからの目標を教えてください。
小川:スピード、パワー、パスの3つをもっと鍛えて、日本代表に定着したい。それから、海外の選手と互角に戦うために、体重も増やしたいと思っています。東京大会はもちろん目の前のいちばん大きな目標ですが、その後のパリ大会、そしてロサンゼルス大会にも出たいです。ローポインターは選手寿命が比較的長いんです。3大会出場は決して夢ではありません。
――ぜひ夢をかなえてください。バイエル社員みんなで応援しています。
小川:ありがとうございます。みなさん、よろしくお願いします!
ウィルチェアーラグビーとは
ウィルチェアーラグビーは、四肢麻痺等の障がいのある人のためにカナダで考案された車椅子による球技スポーツ。1チーム4人でバスケットボールと同じ広さのコートで行われる。試合時間は1ピリオド8分で合計4ピリオド。ボールはバレーボールに似た専用球で、このボールを持ってゴールラインを越えれば得点になる。パスはあらゆる方向に投げることができ、ボールを持っていない選手に対してもアタックできるのが特徴。2000年のシドニーパラリンピックから公式種目になり、日本チームは直近のリオ大会でオーストラリア、アメリカに次ぎ銅メダルを獲得した(ルールの詳細は、ウィルチェアーラグビー連盟ホームページ https://jwrf.jp/ 参照)。
PROFILE // 小川仁士
2012年11月、18歳で出場したモトクロスのレース中、事故により頸椎を損傷。胸から下と手の指の麻痺という重い後遺症を負った。車椅子での生活となったが、2014年4月にウィルチェアーラグビーに出会い、強豪チーム「BLITZ」に加入。その年の第16回日本選手権でチームは準優勝、2015年に優勝、2016年は同3位。この年はベストプレイヤー賞を受賞した。2017年には全日本の強化選手に指定され国際大会にも出場。期待の若手として活躍を続けている。2018年4月、バイエル薬品株式会社入社。